わたパチ

好きなことについて書きます。語彙力はありません。

三宅健くんの手話

始まりは11年前になる。

 

2005年のV6結成10周年の握手会でのことだった。

1人の聾者のファンの子が三宅さんに手話で話しかけたが三宅さんはコミュニケーションをとることができなかった。

何もできなかったことが心残りだった。

それがきっかけで三宅さんは手話を習うことになる。

それから三年、週に一回地域の講習会に通い続けた。

 

しかしそれからは三宅さんは手話の勉強を断念してしまったと自身のラジオで述べていた。

手話は簡単に習得できるものでなく、その当時は多少単語を喋れるようになったレベルだったと。

 

 

それから9年後の2014年、三宅さんは手話の番組「みんなの手話」のナビゲーターを担当することになる。

9年前3年間通ったが習得できずに断念してしまった手話の勉強を再び始める。

私が三宅さんの手話を見たのは2015年が初めてだった。

その時見た三宅さんはスラスラと手話をしている印象だった。

きっと三宅さんはその一年間で9年前のことを思い出し、またそれ以上に勉強したのではないかと思う。

2014年から2016年現在、三宅さんは約3年間「みんなの手話」の番組を担当している。

 

 

そして三宅さんはEテレリオパラリンピックのメインパーソナリティを務めることになった。

 

 

三宅さんが手話を始めたきっかけは1人のファンの子だった。

コミュニケーションが取れなかったのが心残りだった。

でもそれがきっかけで三宅さんは勉強をし、手話の番組を持つようになった。

そしてパラリンピックのメインパーソナリティにもなった。

ファンの私はとっても嬉しかった。

でも、もしも11年前の手話で話しかけてくれたファンの子がその事を知っていたら私よりもっともっと嬉しいのではないかと思う。

 

11年前、三宅さんは1人のファンの子に残念な思いをさせてしまったかもしれない。

でも、11年後そのファンの子を幸せにすることができたんじゃないかな。。。

 

 

三宅さんがパラリンピックの番組をやることで私はパラリンピックという今まで見ることのなかった世界を知った。

懸命に頑張る選手の姿に気づけば声を出して応援していた。

競技としてとっても面白いものだった。

昔必死になって練習していた運動部時代を思い出した。

そして何よりワクワクした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三宅さんの手話には素敵な力がある。 

 

 

 

 

 

三宅さんの手話を見ていると「私も頑張ろう、努力しよう、」という気持ちになれる。

 

また、私達を暖かい気持ちにしてくれる。

 

きっとそれは三宅さんが努力は無駄にならない、努力し続けることの大切さ、人を思う気持ちの大切さ、を手話を通して私達に伝えてくれたからだ。

 

 

 

 

三宅さんを見て私も素敵な力を持った人になりたいと思った。

 

そのために今あることに向き合い、努力を惜しまず周りの人を大切にできる人間になりたい。

 

 

 

 

 

 

おわり